管理人は東京のとある高専に在学していました。高専(高等専門学校)は五年制の学校で、卒業すると短大の資格がもらえます。大学受験もないし、就職率も高いのでこれは良いということで受験をしたのです。
最終学年の5年生の6月にはすでに大手企業に内定も決まり、夏休みは最後の学生生活を楽しんでいました。
そして会社勤めになると田舎には行けなくなるだろうからと、数年ぶりに墓参りも兼ねて母と二人で東北の母の実家へ行くことにしました。
田舎での滞在は一週間ほどを予定していたのですが、お墓参りなどの大事な予定は早々に済ませ、後は一人で色々とまわり観光を楽しむことにしました。
地元の神社に参拝している時のことです。なぜか、ふと東京に帰りたくなったのです。
後から考えても不思議なのですが、虫の知らせとか、予感があったという訳ではありません。ほんの気まぐれで、急に帰りたくなったのです。
帰る予定はまだ数日後でしたが、午後には母にそのことを告げ、母も親戚も別に訝しむこともなく、その日の晩には、帰りのお小遣いとお土産をたっぷりともらって夜行バスに乗り込んでいました。
早朝、東京についたその足で、そのまま学校の自分の部室に行くことにしました。家に戻っても朝早いですし、学校に誰かしらいたらいいなぐらいの気軽な気持ちでした。
部室には、部員の友人と見たことのない学生が座っていました。
隣の教室のKという学生でした。部員のAのクラスで、日に焼けた肌が見るからにスポーツマンという爽やかな印象を与える学生です。
気さくなK君とはすぐに打ち解け、私のお土産を開いてのお茶会となりました。
そのうち、Aが「Kなんだけど、こいつだけまだ就職が決まっていないんだよね。」と。先生も斡旋した手前、立て続けに不採用になったことに責任を感じたのか、実は今日も就職相談で学校に呼ばれて来ていたとのこと。
まあ、成績もいいし、体育会系で爽やかなKのことだから心配はないけどねとみんなで笑っていたのですが、K君が少し気を落とした感じで、
「実は最近、思うように事が進まないんだよね。」「先日、彼女とも別れたし・・・。」とポツリ。
「まあ、就職したら地方だろうし、遠くの彼女より近くの彼女だ。今のうちに別れておいたほうが面倒なことにならなくていいよ。」と、なんだか訳の分からないAのアドバイスに軽く笑ってたのですが、「なんか最近何事もうまくいかないなぁ。」とつぶやいていました。
ひと通り談笑した後、今から就職相談のK君にお別れをし、一足先に部室を後にしたのですが、帰りの電車の中でK君のことを色々と考えてしまいました。
「何かK君には、就職に不利な要素を抱えているんじゃないか。」とか「好青年の印象を装っているその裏には、なにかヤバイ秘密があるんじゃないか。」等など。
しかし夕方に自宅に戻る頃にはK君のことはすっかりと忘れていました。
その翌日の夜です。慌てた様子のAから電話がありました、
「Kが死んだ!」と。
瞬間、自殺か?と思いましたが、Kがそれほど深刻な様子には見えなかったし「何で?!」と咄嗟に聞き返したのですが、「朝、起きてこないのでお母さんが呼びに行ったら冷たくなっていたらしい。死因は心臓発作みたいだ。なんで?あんなに元気だったのに?!」
電話先で動揺しているAを落ち着かせ、通夜の予定など分かったら教えてくれと告げ、まだ田舎の実家にいる母に急遽連絡、葬儀に必要なものを教えてくれと電話をかけました。
母も隣のクラスとはいえ、驚いて「もしかしてお前、早く帰ったのは、虫の知らせでも会ったんじゃない?」と聞かれましたが、「そんなことは全然ないし、昨日に知り合ったばかりだよ。」と返しました。
葬儀を済ませた後、あらためてK君の死因は自殺ではないことも分かり、それはそれで、先生たちも一安心したのですが、仲間の突然死ということに、やはり動揺は広がりました。
そのうち、K君の友人たちの間で、「Kは元々、この日に死ぬ運命だったんではなかろうか。それが運命だったから、就職も決まらず、彼女とも別れたのではないだろうか」という話が持ち上がりました。
それには、就職担当の先生が「なんでKが不採用になるのか不可解だ、分からん。」とずっと訝しんでいたので、それが噂話に信憑性を与えることにもなったのです。
K君の最近の不運な出来事を考えると、そう思えて仕方がないかもしれません。
成績もそこそこ良く、体育会系の爽やかな印象を与える、家族が言うにも健康そのもので育ってきたKが突然死ぬなんて。
私たち学生には受け入れがたいので、そういう噂も出るのもやむをえない話ではあろうと思います。
運命というものに対し、本人も知らずのうちに、迷惑をかけないよう、死ぬ前の準備をしていたのかもしれないと・・・。
しかし、腑に落ちないのは私自身です。
予定以上に帰りの日が遅くなって戻ってきた母に言われました。
「すると、お前は、K君とわざわざ友だちになるために、先に帰ったようなものじゃないの?」
まさにその通りかもしれません。知り合った翌朝に死んでしまうなんて。
あの日、急に思い立って東京に帰らなければ。そして、そのまま部室に寄らなければ友だちになることもなく、「夏休みに隣のクラスで死んだ学生がいる」ということだけで済んだのに。
縁というものは不思議なものだと、つくづく思います。
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