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ヒトラーが怖れた神秘思想家、ルドルフ・シュタイナー

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ルドルフ・シュタイナーRudolf Steiner(1861年2月27日 - 1925年3月30日)

 かの有名なアドルフ・ヒトラーがまた無名だった時代、いち早く、その危険性を予言、警告した人物がいました。それが、人智学の創始者ルドルフ・シュタイナー(1861年2月27日 - 1925年3月30日)です。

  オーストリア帝国生まれの彼の肩書きは、思想家、教育家、哲学者、そして神秘思想家とされていますが、日本では教育者としての名声が高く、彼が提唱した「シュタイナー教育」は、現在も全世界に500校近くもあり、実践者も多数存在し、高い評価を受けています。
 40歳までの彼は、リベラルな文芸評論家として活躍しており、文芸雑誌を編集、ゲーテの自然科学を研究したり、哲学書などの発表していました。そして1900年からは神秘的な結社「神智学協会」のドイツ支部を任されることになります。
 その後、神智学協会との方向性の違いにより、同会を脱退、1913年に自ら「人智学協会」を創設し、「人智学」と呼ばれる彼独自の思想運動を展開していきます。
 翌年から始まった人類史上初の世界大戦の最中、シュタイナーは、その戦争を引き起こす社会問題を解決する運動の提唱や、学校教育、幼児教育、治療教育、生涯教育、芸術、建築、医学、農業、宗教刷新など様々な活動を展開していきます。
 彼は自らの思想に基づき、様々な活動を展開していき、存命中から世界各国の多くの人々の賛同を得ていきます。

●人智学とは?
 彼のこの神秘的な思想である「人智学」とは何でしょうか。シュタイナーは霊的な世界を認め、人間の五感を超えた感覚の存在を唱え、その超感覚こそが、物事の本質を捉えることができると説きます。
 この当時は、霊媒や降霊術などのオカルト、神秘主義が流行っていました。しかし、シュタイナーは、こういう理性的でないものに対して警笛をならします。彼の思想はあくまでも理性的な自然科学的な態度で探求することだったのです。

●シュタイナーの神秘体験
 シュタイナーが以前所属していた「神智学協会」と袂を分かったのもそういう理由からなのですが、これには彼自身の体験が影響しています。シュタイナーは、幼少の頃から「心霊体験」や「予知能力」とも言える体験をしていたのです。しかし、その体験を身近な人たちに話ても信じてもらえず、彼は長いこと自らの心霊的能力を語ることを封印していました。
 その間、彼が考えたことは、心霊的能力は決して特殊な能力ではなく、人間なら誰しもが潜在的に兼ね備えている能力であるということでした。そして人類が忘れて久しいその能力を引き出せる方法とはなにかを探求することになります。大学ではマルチな才能を開花させつつも、唯物論的学問に失望していたシュタイナーは、自らの力で、科学と心霊を融合させようとします。

●多くの敵対者
 シュタイナーの成果は広範囲に及び、世界中の知識人たちからも支持を受けるようになります。しかし、この急進的な思想の業績は多くの議論や批判、敵対者を生み出すことにもなりました。それは学者、教会、そして政治団体からです。
 教会はシュタイナーの人智学が教会で異端思想とされている「グノーシス主義」的前提に立っていると批判し、民族論が人種差別的と非難します。

※グノーシス主義=3世紀から4世紀にかけて地中海で広がった宗教・思想のひとつ。善悪二元論の立場の宇宙論をとり、東方のマニ教などが代表的宗教である。初期のキリスト教世界においても広がっていたが、異端思想として排除された。しかし、ヨーロッパ社会ではオカルト思想の中核的存在で、ルネサンス時代の「ヘルメス文書」や、1900年初頭の神秘主義として度々台頭する思想である。
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 そんな批判者たちの中でも最もシュタイナーを最も敵視する人物がいました。その人物の名は、秘密結社トゥーレ協会」の中心人物、ディートリヒ・エッカート(エックハルト)です。

 この「トゥーレ協会」、極端な民族主義・反ユダヤ主義を標榜した秘密結社で、のちのナチスの母体の一つとなる団体です。ディートリヒ・エッカートはアドルフ・ヒトラーが信奉していた精神的な師匠ともいうべき人物で、いわばナチス・ヒトラーを生み出した黒幕ともいえます。彼もシュタイナー同様、神秘的なカリスマを備えた人物だったのです。

 彼はシュタイナーの神秘的な洞察力を怖れていました。彼らがまだ弱小で無名だった組織であった時からシュタイナーによる警告をされ、行動の全てをシュタイナーの霊的洞察力で見透かされていると怖れていたのです。
 シュタイナーは、1923年の「ミュンヘン一揆」の事件の際も、「もし、この組織が今後、大きな勢力を奮うことになれば、それは中部ヨーロッパに大きな不幸をもたらすだろう」と評していました。

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ディートリヒ・エッカート(左人物)とアドルフ・ヒトラー(右人物)

 実際には、シュタイナーが警告した通り、ヒトラーはミュンヘン一揆での失敗後、再び勢力を盛り返し、ドイツを掌握、世界大戦へと導くことになります。シュタイナーの霊的な洞察力、恐るべしです。
 

●ヒトラーが最も怖れ、憎んだ男
 ですので、1920年代の初期のナチスにとっての最大の敵は、ユダヤ人でも、革命的共産主義者でもなく、ルドルフ・シュタイナーこそが最大の敵だったのです。
 彼らの敵視は半端なものではなく、ヒトラーは「第一次世界大戦でドイツが負けたのは彼らの思想であり、
唯一、完全に抹殺したい人物」とまで言わしめています。
 
 1922年12月31日、人智学協会の建築物「ゲーテアヌム」が放火される事件が発生します。その時、講堂ではシュタイナーが800人もの聴衆を前に講演を行っていました。
 後日、火災現場からは一人の焼死体が見つかるのですが、この男が熱狂的なナチス支持者であったことから、彼らの犯行であることが濃厚になります。実際、彼らが何らかの暴力的手段でもってシュタイナーを攻撃するのは予想されていた事態だったのです。

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放火される前のゲーテアヌム

 実はこの放火事件の年の春にもミュンヘン駅構内で、銃撃されるという暗殺未遂事件も発生しています。
 シュタイナーはこのようにナチスから徹底的に攻撃されるようになりました。そして「ゲーテアヌム」放火事件から約1年後の1924年1月、ドルナッハでの夜会の最中にシュタイナーは突然、発作的な衰弱に襲われ、この日の夜を境に衰弱と一途をたどります。一説にはサンドイッチの中に毒物が混入されていたという説もあります。
 
 しかしながら体調の衰えとは逆に、シュタイナーは1924年から翌年にかけて、数多くの重要な講演を行ないました。
 そして翌年の1925年3月、シュタイナーは力尽き、他界します。彼の思想の中には、人間は7年毎に身体を完成させていき、63歳で成長の頂点を迎えるという説がるのですが、彼の享年64歳、自説による完成の年に死を迎えたのは何かの縁を感じます。
 

  ヒトラーが政権を握るのは、これから8年後のことです。そして世界は、シュタイナーが警告した通りの破滅の道を歩んでいくことになります。

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 シュタイナーの五感を超えた感覚とは何だったのでしょうか。そしてその力を使ってヒトラーたちの野望を見抜いていたのでしょうか。

 彼の著作で『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』では、具体的な霊的体験を得るための修行法を描いているのですが、二部を作る前に、この世を去ったのはなんとも惜しい気がします。
 人間は誰でも霊的能力を開花させることができる。それは無限の可能性を感じさせる素晴らしいものですが、その能力があまりにもすごいものであり、その使い方を秘密にされ悪用されると、ごく一部の超人によるエリート社会に支配された世界が現出しそうで、なんとも怖いことでもあると思います。
 また、現状の不満や逃避から超能力を求めたりするのも戒めなければいけません。シュタイナーは人間が高次な次元に上がるには精神的な修養の大切さも説いています。
 

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